【閲覧注意】「欠点」「火遊び」「苦笑い」

「では、西村楓さん、あなたの欠点、苦手なところを教えてください」

 西村楓は、都内の四年制大学に通う女子大生である。来春には卒業というところであるが、いまだに卒業後の進路先が決まらずに焦りを覚え始めている。そんな中、やっと2次面接まで進むことができた。失敗するわけにはいかない。

「はい、私の欠点はついつい火遊びに興じてしまうところにあります」

「火遊びですか」

 面接官は苦笑い気味に質問を返す。

「1年前、海外旅行に行った時のことでした。友人と観光名所を見て回る予定だったのですが、その前の日に周った場所がどうにもつまらなかったんです。ホテルに帰って、次にどこへいこうと友人と相談したんですが、いい場所がなくって。どうせなら地元の知る人が知っている処へ行ってみようかということになったんです」

「それで、どうなったんですか」

「普通に観光名所を教えて下さいと言ってもつまらないと考えた私たちは、ホテルのロビーの方に、観光客が行ってはならない場所はどこですか、と尋ねました。すると、2番街の裏通りはスラムになっているから立ち寄ってはならないと」

「危ないとは、思わなかったんですか」

「ええ、確かにそう思ったのも事実です。しかし、せっかくの異国の地に抱いていた期待がこのままでは、なくなってしまうような気がしたのです。半年も前から計画し、アルバイトで資金をため、貴重な長期休暇を使っての旅行だったので、台無しになってしまう恐怖が危機感に勝ってしまったのです」

 いまいち要領を得ない答えに新たな話の種を見つけようと、面接官は、手元にある楓の資料を再度見返す。

「たくさんの語学の資格を持っていらっしゃいますね。その国でのコミュニケーションも役に立ちましたか」

「ええ、とはいっても道を聞いたり市場で買い物をしたりといった程度ですけれども、その日、スラムの方に行った日ですけども、花が売ってあったんです。スラムと聞いてやはり恐ろしい場所だろうと内心ドキドキしていたんですけれど、その花がとてもかわいらしくて、少し安心を覚えました。友人と私の分を一本ずつ買いました。すると、その花売りのお婆さんが綺麗な庭園、――その時、なんだか照れたような顔をしていたのを覚えています――その花を育てた庭園を見せてくれると誘ってくれました」

「なるほど、それは意外な発見でしたね。言葉は悪いですが、スラムの地にそんな場所があるなんて夢にも思わなかったでしょう。庭園は綺麗でしたか」

 面接官は彼女の資料に点数をつける。欠点を聞いているのにこれではただの自慢話だ。こちらの意図をくんだ話をしていない。充実した大学生活を送ったのであろうが、これは望み薄だな、と営業用の笑顔の裏でそう感じた。ならば上手く残った時間をつぶし、気持ち良く帰ってもらうために、この話を聞いてやろうと、そういう意図があった。

「お婆さんにみせられた庭園は、外の雑多でどこか猥雑な雰囲気のする場所とは、まるで違いました。中庭の様な場所にあったのですが、門をくぐった瞬間、まるでおとぎ話の世界に来たかのような、そんな錯覚を覚えました。」

 面接官は、笑顔を崩さない。採用担当になった当初は、就職活動生のどこか息巻いた雰囲気に対する苦々しい思いが思わず出てしまったものだが、慣れていくうちに、表情が仮面のように変わらないようになった。楓は、その笑顔を話の催促と受け取る。

「お婆さんから、お茶を入れてあげるからここで待つようにと言われて、友人と少しの間、庭園を眺めながらおしゃべりをして時間を潰していました。日本では見られないような、巨大なお花や、真っ黄色した木の実がたわわに実った木々、それらに絡まった蔦が――私はあまり植物に詳しくはないのでわかりませんが――様々な色のバラのような花を咲かせて、私たちはようやく、この海外旅行に来てよかったと心の底から思えるようになったんです」

 この西村楓という今年で二十二にもなるというのに、まるで少女のように興奮をしながら話を続ける。いつしか面接官も目の前の女の話に聞き入っていた。

「やがて、お婆さんがやってきました。手には、お盆に乗せた英国調のティーセットを持っていました。あまりに優美な雰囲気にここがスラム街であることを忘れてしまいそうでした。椅子に腰かけてお婆さんと三人で談笑をしながら赤みがかったお茶を飲んでしまったのです。そして段々と瞼が重く感じ、旅の疲れもあったのか、そのままそこで眠ってしまいました

目が覚めた時、最初に感じたのはほのかに甘酸っぱい臭い、そして身体の芯からの熱でした。薄暗く、あたりをよく見回そうと起き上がろうとしたとき、漸く自分の体が縄か何かで縛られているのに気が付きました。次に、友人のすすり泣くような声が聞こえました。自由が利かずに今まで分かりませんでしたが、友人は近くの壁にもたれかかっていたようでした。友人の方に向こうと身体を捩じらせ、振り返ると、生温かい液体が肌に着いたのを感じました。友人に声をかけようとしたその時、カツ、カツ、カツ、とたくさんの足音が聞こえてきました。

友人はびくりと面をあげました、暗かったので顔はよく見えませんでしたが、きっと、おびえた顔をしていたのだと思います。その様子を見て私は、自分たちが置かれている状況をなんとなく察することができました。

複数人の男性とお婆さんの声がしました。何かもめているようでしたが、紙を荒っぽく手渡す音がしたので、きっと値段の交渉をしていたのでしょう。

私たちはそれから、ずっと、彼らにいいようにされました。もう何日たったか分からなくなったころ、友人は壊れてしまいました。白目をむいたまま、何かをうわごとのようにぶつぶつと言って。しかし、私はこの日々を耐え抜きました。そして、」

楓は、ブラウスを脱ぎ始めた。

「私は身体の売りかたを覚えたのです」

 面接官は、資料の点数をつけなおした。