モラトリアムパレェド 14

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 店の中へはいればラムネは鼻歌を歌いながら棚を掃除していたし、ラボの所長、もとい大家どのも妙ちくりんな機械を奥の部屋でいじっている。相変わらず例のラジオもどきは正面奥の机にどんと王様のごとく鎮座しているし、風鈴の音は蝉の声にかき消えている。
 一見、いつも通りの光景だ。 
 私としては水を飲んで手伝い程度に打ち水でもして店先で涼みつつ、適当に談笑でもして暇を潰せればよかったのだが、しかし、昨日のことがあればそうはいかないのだろう。
 私の姿を認めて大家どのは早速、「やあやあ、遅かったじゃないか」と迎えるし、ラムネはといえば、「お昼ご飯なあに?」と訊いてくる。安心したまえ、今日も君の大好物のそうめんだよ。実家から大量に送られてきたものだから、ここのところずっとめんつゆの味が口の中に残り続けている。それでも彼女はうまいうまいと頬張るし、私は一口二口食べれば、ショウガを口に含んでからうんざりした様子で読むのも何度目かの本を読み始めて、いつの間にかラムネは店に行き、日が暮れるまでにこにこしている。
 そんな毎日の中で起こった異常事態だ。当然、所長であるところの大家どのも、やあやあ遅かったじゃないかと言うのである。あれだけ昨日テンパっていたくせにずいぶんと余裕な様子を見せているということは、あれから何も起きてはいないと言うことだろう。所長は、ついに始まったか……的なことを言っていたような気がしたが、どうせその場その時に思いついたことを適当に言っているだけなのだから、深く考えた方が負けなのだ。半年ほどの付き合いだが、こういう大人にはなりたくないと思う。もう少し、理路と言うものをもった知的な人になりたいものだ。目の前の二人は、進む方向性が違うのだろう。
 例の機械が意味不明な言語を発してから一八時間が経過しようとしていた。無事、水を飲み終えた私に所長が見解を求めた。

 今日はこの辺で。