1時間だけモラトリアムパレェド 6

出勤までに書く

6「1-5 ポテトカウチとインスタントメサイア その3」

「私はやる気になっていたんだ。そう、今レポートを書く気になっていた。やる気を十分に充電して、午後からの英気を養い、このくだらない学校生活に必死に順応しようとしていたんだ。あるいは、この人生にね」
「いや、ちょっとよくわからないけど、ゴメンね」
 とにかく正座させた。目の前のラーメン女を説教してやりたいと思ったのだ。
 正義は最も簡単な娯楽だとどこかで書いていた気がする。義憤とか近所迷惑とかにちょっとしたことで怒る人間は、ストレス発散のために上っ面だけの正義感を振りかざしているだけなのかも知れない。
 しかし、私はその例には入っていないはずだ。いまなら正当性を主張しても理解を得られると思う。
「時に、君。妖怪即席麺むすめ」
「ボクのこと? うーん、もうちょっとかわいい名前がいいなー」
「五月蠅い! 君は迷惑をかけた相手の前でそんな態度をとるのは良くないと教わってこなかったのか? だとしたら教育の失敗だぞ、これは」
 私は、豚骨臭のするハードカバーを突き出した。頁をめくる、というより摘まんで持ち上げると半分くらい浸っている。
「これはなんだ? ハードカバーだ。専門書だ。つまりは高額だ。しかも結構な名著と来ている。大正のころに初版がでて、残念なことに学問の衰退からか今は絶版だ」
「絶版? なにそれ」
「もう同じ本は出ないということだ! 保障費が高いんだよ! 
 金銭を払っても戻るかどうか」
「……お、お金」
 冷静に今、考えれば、大学教育の初心者向け講義に使われるくらいなので、結構な数が出回っているはずなのだが、当時の自分はとにかく弁済と課題について考えなければならなかった。これ以上タスクは増やしたくはない。
「そうだ、とにかく今から図書館に行って事情を説明するぞ。君も来るんだ」
 ラーメン女はカップをちらとみて、”少し”申し訳なさそうにはにかんで言った。
「……食べ終わってからでいい?」
「早くしろ!!」