寝るまでモラトリアムパレェド 12

声がたまってきたから書く

12

「ときに所長どの。その神子というのは止めてもらいたいのだが」
「謙遜するんじゃないぞ。名は体を表すという。
 君の父君もさぞ面白がって……、じゃない、その名にふさわしいものになれるようにつけたのだろう」
「本音が漏れていますよ。自称博士」
 私は奥から拝借していた漫画に目を戻した。このようなやりとりをあの頃よくやっていたように思う。
「片付け終わったよ! 所長」
「ご苦労。よく働く子は好きだぞ。神子よりいささか素直すぎるのが気がかりだが……」
 白衣の中から包装されたあめ玉をぽんと手渡され、ラムネは目を輝かせた。
「うん、ありがとう所長っ!」
「うむ、なかなかの抵抗力だ。いいぞ、さすがは神子が認めた娘」
 所長は、店の奥に置いてあるオシロスコープにアンテナを乗せたような機械を撫でる。電源はずっと着いているが、波形は常に一定でよどみない。よく耳を澄ますと、微弱にだが音も聞こえる。スピーカーが付いているのだ。なんの音を拾っているのかは知らないが。
「この機器が完成すれば、世の認知から個を守ることが出来る……はずだ」
「ふーん。なんだか難しいね」
 そして、興味本位でラムネがその機器に手を触れ――――。
 キュウゥウウィヌンと、ラジオのチューニングが起こったみたいに観測機の音が鳴り出した。ザッザザッとノイズの波が押し寄せてきた中に
「ザッザァはと、はるまに、ザッ――――いきゅえ?」
 声が、どこの言語かは分からないが聞こえはじめた。波形はずっと乱れっぱなしだ。
「えっ、なになに? どしたのこの子」
「ふむ……始まったか……」
 所長は、何やら考え込んだ風を装っているが、興奮していたに違いない。
 その証拠に
「何が始まったんです?」と訊いてやると、
髪が汗でべっとりした顔で「私にも分からんが……」と答えたのだから。