日記 14

5月6日(日)~5月8日(火)

5月6日(日)

朝は群馬旅行の疲れで寝ていた。
昼、起床。近くの中華料理屋で手羽先から揚げ、ライス大、餃子を頼む。
量が多すぎて胃に痞えた。次はすべてハーフサイズで頼もう、財布にも優しい。
その後、温泉。GW最終日とあってか、人もまばらで快適であった。
貸し切り風呂でぼーっとする。
常に何かしら興味のあることだけ考えている私であるが、
この時だけはチリチリと鳴る脳みその負荷を消せるのだ。
夜は、何もなかった。ツイッターVtuberの配信を実況していたと思う。
何をやっているんだ。私は。

5月7日(月)

なぜか疲れがピークに。
GW明けの仕事始めであって、設備の立ち上げが絡むため非常に暇であった。
幸い、暇つぶしのできる仕事があったため、同僚と談笑しながら過ごした。
廃墟巡りが趣味だそうで、なかなか見栄えのする写真を見せてくれた。
私も何か成果物を出せる休みにしたかった、と悔いが残る。

それが響いたのか、いろいろと頭の中がうるさかった。
いい加減プロット書くことから逃げてたらずっとこのままだぞ、とか
Aの公式はすなわちBで、Bとはすなわちアルファでありオメガである、とか
感情を再現することが可能ならば、人間の感動の価値は金に換算できる、とか
ラムスタッドの王の帰還についてのご意見をお聞かせください、わが新聞社が倒産の危機なんです。とか
天使病患者の増加に伴う悪性感情ワクチン抽出のため、死刑囚の共有が足りません、とか。
隕石の落下に伴う、A国、国民の主観時間の延長による時空振の発生についての考察とか。
まあ、そういうアレだ。書いてしまったら完全にヤバい人だ、これ。
といっても、小学校の時から頭の中はこういう感じなのでそこまで危機感はない。
神経内科なんぞに行って頭をぶち壊されたら元も子もないのだ。
自我は、だれにとっても唯一無二の財産であるべきなのだ。
干渉されず、検閲されない唯一の場所であるべきだ。
最低限の社会性さえあれば、なんだって許される場所であるべきなのだ。
そもそもこれを治すために他人に伝わる言葉だけを選ぶ行為を趣味としていて、
人格をそれっぽく作るにはというポイントを見るために観察をしているのだから、
まあ、要するに、私はこのポンコツな脳みそでどこまでやれるかを試したいだけなのだ。

ホメオスタシスは、識を維持するための力。
アポトーシスは、世界と溶け合い識を更新するための力。
身体を通して行うことで、環世界に識を維持することができる、というのはベルクソンの解説本にあった。まあ、彼は持続性の話だったけど。


どちらにせよ、インプットに偏りすぎたせいで頭の中がごちゃごちゃになってしまい大変うるさい。
アウトプットすることでどんどんまともな思考を得ることができるはずだ。
整理整頓は大事だ。
ゴミみたいな思考が並行で起動されすぎてて、まともな言葉になるのが3行程度というのは私クオリティである。

5月8日(火)

ちょうどいい忙しさ!
相変わらずクソ暑いし、雨も降っていて湿気がすごかったが
何も考えなくても時間が過ぎた。
おかげで昼飯も食えなかったがな! ガハハ!!
まあ、ネットを使う頻度を減らせばある程度現実に注意を持っていくことができることがわかってきた。
といっても、今の自分の職場環境で抽出できるサンプルが少なすぎるのは本当に問題である。
もう少し観察眼を磨くべきか?
晩飯は、婆さんのもらい物のハンバーグだった。
自分で作ったほうが旨いが、まあ、ありがたく食べておいた。

今日はこれで終わり。眠い。